収蔵日記紹介 011 1940年代男性

執筆時期 1942年

執筆者属性 男性(日大法学部→陸軍秋田連隊)

昭和19年にフィリピンのルソン島で戦死した学徒の日記。
従軍日記ではなく、召集前から入隊する秋田県の連隊に向かう汽車を降りる場面までが書かれている。

厚手の日記帳に遺族が加えたと思しき紙のカバーがかけられている。中には学徒出陣壮行会の様子を報じる朝日新聞の記事の切り抜きがはさまれている。

戦時中でもまだ映画を見に行く余裕があった昭和17年の東京の様子や、詩や文学を愛する青年の内情が記録されている。

表紙には略歴が記されている。誰がなぜこのような形で残したのか。
昭和18年に神宮外苑で行われた学徒出陣壮行会の新聞記事。
醜の御楯とは天皇の楯となって外敵を防ぐ者の意味らしい。
ゲーテの一文。
島崎藤村の詩
ラジオ放送で学徒動員を聞いた際の感想。
ここから入営にいたるまで日記をつける気持ちを新たにしている。
出征の日。町長、青年団、女子青年団、小学生らの万歳の声に送らたという。
「自分の心が案外おだやかななのに、自分ながら驚かざるを得なかった」

軍歴から見るにおそらく秋田歩兵第17連隊に所属した模様。同連隊は現地ゲリラとの戦闘で消耗したこという。フィリピン・ルソン島には昭和20年1月に米軍が上陸、亡くなった日も同年1月と記されている。

https://www2.nhk.or.jp/archives/movies/?id=D0001210042_00000

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